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漫画から学ぶ仕事論【ブルーロック】
前回のブログは、私の好きな漫画『桃源暗鬼』から私が学んだ事を紹介しましたが、今回は『ブルーロック』からの紹介です。
この漫画(アニメ)には様々な名言が出てくるので、経営者や幹部の方々は読むことをおすすめします。
もちろん経営者でない方にもおすすめです!
前回と同じように最初に少し、『ブルーロック』についてご説明しておきます。
『ブルーロック』は、日本代表がW杯で敗れたことをきっかけに、世界一のストライカーを育てるため「青い監獄(ブルーロック)」という極端な育成プロジェクトを行うサッカー漫画です。
組織や協調よりも、最後にゴールを奪い切る“個”の強さとエゴを突き詰めていく作品で、勝負・成長・再現性・主体性について非常に鋭い言葉が多く出てきます。
組織作りとはかけ離れた内容になっていますが、今回の内容も企業や経営者の考え方としては重要だと思いましたので紹介します。
では、下記から本題です!
経営をしていると、なぜ同じように努力していても、チャンスを掴む会社と掴めない会社があるのかを考えることがあります。
良い案件との出会い、優秀な人材との縁、市場の追い風、タイミングの良い提案機会。
そうした出来事は、外から見ると「運が良かった」で片づけられがちです。
しかし本当にそうなのか。
今回は、漫画『ブルーロック』11巻 第87話「LUCK」に描かれる“運のカラクリ”を通して、経営者として感じたことを書いてみたいと思います。
今回の3枚の添付画像は、その「LUCK」の核心部分です。
ここで絵心【えご】(コーチ)が語っているのは、運とは単なる偶然ではなく、来る前に準備し、落ちてくる場所を見極め、来た瞬間に掴める人間だけがものにできるものだという考え方です。
私はこれを読んで、経営におけるチャンスの正体もまったく同じだと感じました。

出典:漫画『ブルーロック』11巻 第87話「LUCK」より
経営においても、運は「後から考えるもの」ではない
この場面で一番印象に残るのは、やはり「運は降ってきてから考えたってもう遅いんだ」という考え方です。
経営でも、これはそのまま当てはまります。
大きな案件が突然来た、良い人材とたまたま出会えた、市場が思いがけずこちらに向いた。
そういう出来事はたしかにあります。
しかし、そのとき受け皿がなければ、それはただ通り過ぎて終わります。
提案の質が磨かれていなければ案件は取れないし、採用の基準や魅力が整理されていなければ人は入社しないし、社内体制が整っていなければ追い風を利益に変えることもできません。
運があったかどうかより前に、運を受け止められる準備があったかが問われているのだと思います。
経営者は、結果が出たあとに「あれは運が良かった」「今回は運が悪かった」と総括したくなることがあります。
ですが、本当に見るべきなのはそこではなく、運が来る前にどこまで準備していたかです。
チャンスが来た瞬間に動ける会社は、普段からそのための筋力を鍛えています。
逆に、来てから慌てる会社は、結局「運がなかった」と言いながら、準備不足を偶然のせいにしてしまう。
だからこの場面は、運について語っているようで、実際には日常の積み重ねと事前準備の重要性を語っているように思えます。
強い会社は、運が落ちてくる「場所」に立っている
そして、もう一つの重要なことは、運はどこにでも均等に降ってくるわけではなく、落ちてくる場所を見極めて待つ者にだけ意味を持つ、という点です。
経営においても、チャンスは漫然と待っていても来ません。
業界の変化が起きる場所に自社が立っているか、顧客の課題が生まれる現場に近づけているか、優秀な人材が集まるコミュニティに接続できているか。
つまり、運とは「当たるか外れるか」ではなく、そもそも自分がどこに立っているかで大きく変わるのです。
これは会社の戦略そのものにも通じます。
市場が伸びる場所ではなく、縮む場所に立っていれば、どれだけ頑張っても追い風は吹きにくい。
顧客の変化が起きる場所を観察していなければ、偶然のニーズに見えても本当は必然だった変化を見逃します。
逆に、変化が起きる場所に身を置き、そこに対して日々手を打っている会社は、外から見れば「なぜかいつもチャンスを掴んでいる会社」に見えるかもしれません。
でも実際には、運が特別に偏っているのではなく、運が落ちる場所に立ち続けているだけなのだと思います。
社員指導でも、「チャンスの前に鍛える」が本質になる
この考え方は、社員への指導にもそのまま使えます。
部下が成果を出せるかどうかは、チャンスが来た瞬間のひらめきだけでは決まりません。
商談でたまたま良い流れになったとき、それをものにできるか。
上位ポストが空いたとき、任せてもらえる状態にあるか。
新しいプロジェクトが立ち上がったとき、手を挙げたあとに本当に戦えるか。
これらは全部、機会が来る前の準備で決まります。
だから上司がやるべきことは、「チャンスが来たら頑張れ」と言うことではなく、チャンスが来る前に、チャンスを掴める人材に育てることです。
実務で言えば、普段から考える習慣をつけさせること、任せられる小さな判断を積ませること、自分の言葉で仮説を持ってくる訓練をさせることが大事になります。
運が巡ってきても、受け手に準備がなければ取りこぼします。
逆に、普段から筋力がある人は、たった一度の偶然を大きな成果に変えられる。
そう考えると、社員育成とは能力開発であると同時に、運を掴む確率を上げる環境づくりでもあるのだと思います。
経営者に必要なのは、「運に翻弄されない見方」である
この場面の中でも特に厳しいのが、「“運”に翻弄されてるうちは まだ二流だ」というメッセージです。これは経営者にとって、かなり耳が痛い言葉です。
思い通りにいかなかったとき、私たちはつい景気や時流や競合や人のせいにしたくなります。
もちろん、外部要因は存在します。
しかし、そこで思考を止めてしまえば、次もまた同じように翻弄されます。
経営者に必要なのは、「運がある世界」を認めたうえで、そこに振り回されない視点を持つことです。
つまり、偶然の結果を感情だけで消費するのではなく、なぜ自社はその運を掴めたのか、あるいは掴めなかったのかを構造で捉えることです。
うまくいった時も、「運が良かった」で終えてはいけないし、失敗した時も「運が悪かった」で終えてはいけない。
そこにどんな準備があり、どんな位置取りがあり、どんな判断があったのかを振り返る。
その姿勢がない会社は、成功しても再現できません。
逆に、その姿勢がある会社は、たとえ失敗しても次に活かせます。
この言葉は、運を否定しているのではなく、運を扱えるだけの視座を持てと言っているように見えます。
そしてそれは、経営者にこそ必要なものだと思います。
「真に戦う人間にのみ、運は平等に降り続ける」
最後に、一番強く残るのは、「真に戦う人間にのみ、運は平等に降り続ける」という感覚です。
ここでいう“平等”は、みんなに同じ結果が与えられるという意味ではなく、本気で戦い、準備し、挑み続ける者の前には、誰にでも偶然は訪れるという意味だと思います。
しかし、それを掴めるかどうかは別の話です。
だからこそ、経営者は「運がいいか悪いか」を気にするよりも、「自社は運が来た時に掴める状態にあるか」を問い続けるべきなのだと考えます。
会社経営も、結局は勝負です。
全部をコントロールすることはできませんが、準備すること、立つ場所を選ぶこと、結果から学ぶことはできます。
運とは、その先にあるものです。
だから私はこの場面を読んで、「運がいい会社」を目指すのではなく、運を掴める会社、運に翻弄されない会社をつくりたいと思いました。
さて、皆さんの会社は、運を掴める会社でしょうか?