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漫画から学ぶ仕事論【SPY×FAMILY】
皆さんは、「わからないこと」と向き合えますか。
人は、わからないことがあると不安になります。
だからこそ、早く意味づけしたくなる。
「あの人はこういう人だ」「世の中はこういうものだ」「きっと原因はこれだ」と、ひとつのわかりやすい答えに飛びつきたくなることがあります。
しかし、その“わかったつもり”が、実は一番危ういのかもしれません。
今回は、漫画『SPY×FAMILY』15巻 MISSION:102 の一場面を入口に、「複雑な現実をどう受け止めるか」「知ろうとすることと、決めつけないこと」 について、経営者の視点から考えたことを書いてみたいと思います。
『SPY×FAMILY』は、凄腕スパイ〈黄昏〉が任務のために“家族”を作ることから始まる作品です。
父はスパイ、母は殺し屋、娘は心を読める超能力者、犬は未来予知能力を持つ、そんな秘密だらけの擬似家族を軸に、コメディとサスペンス、そして東西の緊張関係を背景にした人間ドラマが描かれます。
では、早速下記のシーンを見て下さい。

出典:漫画『SPY×FAMILY』15巻 MISSION:102 より
2枚の添付画像では、ベッキー(主人公アーニャの友達)の素朴な疑問に対して、マーサ(執事)が「世の中はそんなに単純ではない」「いろいろなことが絡み合って複雑に成り立っている」「わからないことは不安だが、だからといって“わかったつもり”になるのは危険だ」といった趣旨を語っています。
さらに、「知ろうとすること」と同じくらい、「わからないことを受け入れること」も大切だ、というメッセージがにじむ場面です。
このエピソード全体としては、マーサの過去と現在を通じて、戦争や人間関係のような割り切れない現実が描かれています。
そして MISSION:102 の主題として、「不確実なものを無理に単純化せず、理解しようとする姿勢」そのものが提示されています。
経営者として刺さったのは、「わかったつもり」になる怖さ
答えを急ぎたくなる場面はいくらでもあります。
業績が落ちた理由、人が辞める理由、組織がうまくいかない理由、顧客の反応が鈍い理由。
どれも早く原因を特定し、整理し、次の手を打ちたくなる。
もちろんそれ自体は必要なことです。
しかし、怖いのは複雑なものを、簡単な物語にしてしまうことなのです。
たとえば、「若手は根性がない」「現場の連携不足が原因だ」「営業が弱いからだ」「今の時代はこうだから仕方ない」といった言葉は、一見もっともらしく聞こえます。
ですが実際には、複数の要因が絡み合い、感情や過去の経緯や組織構造まで重なって問題が起きていることがほとんどです。
つまり現実は、たいていがこのシーンの中のマーサの言葉通り、そんなに単純ではありません。
「わからない」は弱さではなく、出発点である
経営者は、つい「わからない」と言いにくい立場です。
周囲から見れば、判断する人であり、決める人であり、答えを持っている人であることを期待されるからです。
しかし、本当に危ないのは、わからないことそのものではなく、わからないのに、わかった顔をしてしまうことだと思います。
この場面が示しているのは、「わからないから不安になる」のは自然だということです。
問題は、その不安を雑に解消するために、相手や出来事を決めつけてしまうことです。
経営でも同じです。
人の行動の背景を知らないまま評価する。
数字の意味を十分に見ないまま断定する。
市場の変化を理解しきれていないのに、自分の成功体験で塗りつぶす。
これらはすべて、“わかったつもり”の危うさです。
私は、経営において「わからない」と認めることは、弱さではなく学習の出発点だと今回感じることができました。
わからないから聞く。
わからないから見る。
わからないから調べる。
その姿勢がある組織は、たとえすぐに完璧な答えを出せなくても、長い目で見ると強いです。
組織運営で怖いのは、「単純化しすぎること」
人や組織を動かす立場になると、どうしても分類したくなります。
優秀かそうでないか。
前向きか後ろ向きか。
忠誠心があるかないか。
協力的か非協力的か。
でも、人はそんなに整理された存在ではありません。
ある場面では前向きでも、別の場面では不安に押しつぶされることもある。
能力はあっても、環境が合わなければ力を出せないこともある。
正しいことを言っていても、伝え方がまずくて誤解されることもある。
だから経営者ほど、「人を一言で定義しない」態度が必要だと思います。
あの人はこういうタイプ。
この部署はこういう文化。
この世代はこう。
そう言い切った瞬間に、理解は止まります。
理解が止まると、対話も止まる。
対話が止まると、組織はだんだんと雑になります。
この場面を読んで、私はその危うさを改めて感じました。
社員への向き合い方も、「知ろうとすること」が起点になる
社員指導でも同じです。
部下の言動を見て、すぐに「やる気がない」「理解していない」「主体性が足りない」と決めつけるのは簡単です。
けれど、そこで一歩止まって「なぜそう見えるのか」「何が背景にあるのか」を知ろうとすることが、指導の質を変えます。
本当に困っているのに言えないのかもしれない。
過去の失敗体験がブレーキになっているのかもしれない。
説明の前提が共有されていないだけかもしれない。
期待値が曖昧で、何を目指せばいいのか見えていないのかもしれない。
そう考えると、指導とは単に「正しい答えを教えること」ではなく、相手を理解しようとすることそのものだと思えてきます。
※先日のブログでも「信じる」「相手を理解する」というような内容で少し紹介しました。
そしてもうひとつ大事なのは、「わからない」と言える組織をつくることです。
わからないことを恥とする文化では、人は知ったふりをします。
質問をしなくなります。
結果として、問題は表面化しないまま深く潜っていきます。
逆に、「まだわかっていません」「そこは確認したいです」と言える空気がある組織は、ミスが減り、学習が進み、信頼も積み上がっていきます。
経営者に必要なのは、“正しさ”より“解像度”かもしれない
私はこの場面を読んで、経営者に必要なのは、いつも即答できることではなく、物事の解像度を上げ続けることなのではないかと思いました。
ひとつの出来事に対して、「原因はこれです」と言い切るのは気持ちがいい。
ですが、本当に組織を良くするのは、その前に「本当にそうなのか」「他に見落としているものはないか」と考え続ける姿勢です。
世の中は単純ではない。
人の感情も単純ではない。
会社の問題も、顧客の反応も、採用の失敗も、離職の理由も、たいていは単純ではない。
だからこそ、単純な言葉で片づけない。
ここに、経営の成熟があるのだと感じました。
まとめ:「知ろうとすること」と「わからないを受け入れること」
今回のこの場面は、やさしい会話の形を取りながら、かなり本質的なことを語っているように感じます。
それは、知ろうとすることは大切だが、同時に“わからない”を雑に埋めないことも大切だということです。
経営でも組織づくりでも、私たちはすぐに答えが欲しくなります。
でも、わからないことを抱えたまま考え続ける力、安易に決めつけずに見続ける力、相手の背景を知ろうとする力こそが、最終的には組織を健全にしていく。
この場面は、そんな当たり前でいて難しい姿勢を、静かに教えてくれている気がします。
だから私自身も、経営者として、すぐに「わかった」と言わないこと。
人や物事を一言で片づけないこと。
そして、知ろうとする努力をやめないこと。
この3つは忘れずにいたいと思いました。
皆さんは、この「わからない」という感情を正しく受け入れていますでしょうか?